不意に行われたインタビューの記事
KISAI IDENTITY
“しょうもないことを本気でやる”という哲学
ブランドデザインの世界では、「赤は情熱的」「ゴシックは力強い」「明朝は注視を促す」といったセオリーが存在する。確かにそれらは一定の心理的効果をもたらすが、それだけでブランドの価値が決まるわけではない。
私たちが考えるアイデンティティは、色や書体を選ぶ前に存在する“火種”だ。つまり、その企業や人がなぜ存在しているのか、どんな矛盾や衝動から生まれたのかという根源的な問いである。そこに哲学が宿っていなければ、どんなに洗練されたロゴも、どんなに整ったMVVも、すぐに陳腐化してしまう。
アイデンティティは「アート代行」
私たちのサービスを一言で言えば、アート代行に近い。効率だけを求めればAIや外部サービスで十分な時代に、人間にしか出せない“無駄な熱”をどうデザインに落とし込むか。そこにこそ存在意義がある。
「面白くない芸人を面白くするのは大変。でも面白い人をプロデュースする方が面白い」。これは私たちがよく口にする比喩だ。ブランドにも同じことが言える。私たちは、すでに内側に眠っている火種を見つけ、最大出力で燃やすことに力を注ぐ。0に0を掛けても0だが、1に10を掛ければ100になる。
プロセスは「哲学設計」から
具体的なプロセスは、まず徹底したインタビューから始まる。経営者や社員全員にヒアリングを重ね、価値観や歴史、矛盾や本音まで引き出し、思想マップとして整理する。これが哲学設計だ。
そこからビジュアルや言葉に落とし込み、ロゴやミッションボード、名刺、ウェブサイト、資料のデザインに展開する。重要なのは、単なる統一感ではなく「触れるたびにその哲学を思い出す仕掛け」にすることだ。
例えば、スマホ縦画面用に最適化したミッションボードを全員がホーム画面に設定したり、Zoom背景や名刺にビジョンを織り込んだりする。日常のあらゆる場面でブランド哲学が自然に染み込んでいくように設計するのだ。
名刺は「物語の媒体」
名刺という小さな紙片にも、私たちは実験的なアプローチを仕掛けている。
• 迷路をクリアしないとMVVが読めない「迷路名刺」
• 相手に名前を書いてもらい、片側を破って渡す「破れる名刺」
• お酒の席専用や役職限定で渡す「シーン限定名刺」
• 5枚集めると一枚のビジョンが完成する「エグゾディア名刺」
一見“しょうもない”が、確実に記憶に残り、話題を生む。ディズニーランドが映画とパークを往復させて世界観を増幅させているように、名刺もまた“物語の触点”として機能するのだ。これが私たちが掲げる「奇祭」というコンセプトであり、しょうもないことを本気でやるという哲学の実践である。
生成AIと人間の役割分担
生成AIの登場は、クリエイティブの在り方を変えた。私たちはAIを「形にする筋力」として捉えている。プロンプトを通じてイメージを瞬時に可視化し、議論の土台を提供する。それによって人間は「どんな無駄に命を懸けるか」という本質的な選択に集中できる。
AIは量産や最適化に強い。だからこそ人間は、非効率で感情的で、時に矛盾を抱えた“人間らしい余白”をデザインに組み込む必要がある。そこにこそ、AIが模倣できないブランドの価値が生まれる。
競合との違い
市場を俯瞰すると、チームラボや大手制作会社のように「大衆×高価格」を取る王道のプレイヤーがいる。誰にでも通用する汎用性を強みにするのは合理的だ。しかし私たちは、あえて「ニッチ×高解像度」に振り切る。
NASUのように遊び心を武器にし、一発で世界観を変える。大量生産ではなく、少数精鋭で物語を爆発させる。そのスタイルにこそ、私たちの存在意義があると信じている。
アイデンティティは“焚きつけの火”
クオリティが均質化し、どの企業も「そこそこ良い」を持てる時代になった。差が生まれるのは、“なぜやるのか”を語り切れるかどうかだ。MVVを掲げるだけでは不十分。問いを立て、物語にし、触れる仕掛けをつくり、ファン化へと導く――この回路までデザインすることが求められている。
だからこそ、私たちは哲学の整備から始まり、デザインへの落とし込み、そして運用による文化化までを一貫して設計する。
結論:しょうもないことを本気で
「しょうもないことを本気でやる」。遠回りのようでいて、実はそれが唯一無二の地図になる。
アイデンティティは飾りではない。企業や人が世界に差し出す、焚きつけの火だ。火は燃やす人がいて、初めて熱を持つ。私たちは、その火を一緒に探し、燃やし、物語として世界に伝えていく。