エンタメは世界を滅ぼす
エンタメが世界を滅ぼす——それでも僕らは、エンタメをやめられない
最近ふと思ったことがある。
「エンターテイメントって、世界を滅ぼすんじゃないか?」
でも同時に、僕はエンタメがないと生きていけない人間でもある。
矛盾しているようで、そこにこそ今の時代の本質がある気がする。
■ 人間は“死”とともに生きていた
人間は元々、動物だった。
昔は常に死と隣り合わせで、命をつなぐこと自体が目的だった。
狩り、採集、逃避、繁殖——すべてが「生きること」に直結していた。
でも文明が発展して、死が生活の外に押し出された。
火を使い、社会を築き、命を脅かすものを遠ざけた結果、
人は「生き延びる」よりも「どう生きるか」を考えるようになった。
そしてその空いた時間を満たしたのが、エンターテイメントだった。
つまりエンタメは、人間が“死から自由になった証”でもある。
人間だけが、「生きる」以外の目的のために時間を使える動物になったのだ。
■ 死の反対側にあるもの
エンタメって、突き詰めると「死の反対側」にある。
死が“恐怖”や“終わり”を象徴するなら、
エンタメは“快楽”や“永遠”を象徴している。
自然界のどの生き物も、時間を娯楽に費やさない。
でも人間だけは、“安全な時間”という贅沢を手に入れてしまった。
そしてその時間を、楽しむために消費するという新しい生き方を始めた。
それ自体は悪いことじゃない。
むしろ人類の進化の証。
けれど問題は、その“楽しむ力”が、今は暴走しているということだ。
■ 脳の報酬回路をハックする社会
現代のエンタメは、人間の脳を理解しすぎている。
SNS、ソシャゲ、動画アプリ、広告、通知。
あらゆるものが、脳の報酬回路をピンポイントで刺激する設計になっている。
「いいね」「ポイント」「レベルアップ」「新着」「次へ」——
これらはすべて、“快”を与えるための構造。
その快を得るたびに、脳はドーパミンを出し、「もう一回」を求める。
つまり現代のエンタメは、報酬を得るために生きる構造を作り出している。
本来、報酬は「何かを成し遂げた結果」得るものだった。
でも今は、報酬が“先”に来て、目的が“後”にくる。
その結果、人間は生きている実感を削ってまで、報酬を追い求めるようになった。
エンタメはもはや、娯楽というよりも脳の麻薬になりつつある。
■ エンタメの進化が「生の感覚」を奪う
スマホを開けば、無限にコンテンツが流れてくる。
そのすべてが、「あなたの興味に最適化された刺激」だ。
これに慣れてしまうと、退屈・静けさ・余白が耐えられなくなる。
“なにもしない時間”に耐えられず、すぐに画面を開く。
でも本来、その退屈こそが“生きる”という感覚を育てていた。
風の音を聴いたり、夜の空気を感じたり、誰かの目を見たり——
そういう瞬間の中にこそ、「生」はあった。
いま、多くの人が“生きる”よりも“生かされている感覚”で日々を過ごしている。
まるで“自動再生される人生”。
それを静かに進行させているのが、過剰に最適化されたエンタメだと思う。
■ エンタメは止まらない。だからこそ、変えなければならない
でも、僕はこうも思う。
エンタメは悪ではない。
むしろ、僕自身がエンタメを愛してやまない。
音楽、映画、アート、ライブ、ゲーム、そしてSNS。
エンタメには、人を動かす力がある。
生きる希望をくれることだってある。
だからこそ——僕は、本当の意味で人間の心を解放するエンタメを作りたいと思っている。
■ なぜエンタメの会社で働き続けるのか
僕が今、エンタメの会社で働いている理由。
それは、人の時間を奪う仕組みをつくりたいからじゃない。
人の魂が解放されるエンタメをつくりたいからだ。
人間の脳を狙い撃ちして、快楽を与え、金を稼ぐだけの構造。
これはもう限界に来ていると思う。
今のSNSやソーシャルゲームの多くは、
「報酬」と「刺激」を無限に与えることで、人を止められなくしている。
無意識のうちに、時間も集中力も奪われ、
人々はどんどん“疲弊する方向”に進んでいる。
僕はそれを変えたい。
人間がリアルに感じて、共有して、魂が震えるようなエンタメを作りたい。
それが、KISAIがこの時代に存在している意味だと思う。
■ 「生きるエンタメ」を取り戻す
僕が考える“生きたエンタメ”は、刺激ではなく感情の解放だと思う。
・人と人が直接向き合う
・感情を共有する
・五感で感じる
・身体が動く
・心が震える
そういう体験の中にこそ、エンタメの本質がある。
見終わったあとに「生きてるな」と感じられるかどうか。
そこが、これからのエンタメにとっていちばん大事な指標になると思う。
■ 世界を滅ぼすか、世界を再生させるか
エンタメは確かに、世界を滅ぼすかもしれない。
人の脳を支配し、意志を奪い、思考を鈍らせていく力を持っている。
でも同時に、エンタメには人間の魂を再生させる力もある。
どんな時代でも、音楽や物語、アートや祭りが人を救ってきたように。
要は、どんな意図でつくるかだと思う。
快楽を売るための仕組みか。
それとも、人の中に眠る「生きる力」を呼び起こす表現か。
その差が、これからの時代を決定づける。
■ KISAIが信じていること
僕たちKISAIは、
エンタメそのものを否定したいわけじゃない。
むしろ、エンタメの“本来の力”を取り戻したい。
人が生きてることを感じられるような、
魂が震えるような、生きたエンタメをつくること。
それが、僕たちの使命だと思っている。
■ おわりに
エンタメは、世界を滅ぼすかもしれない。
でも同時に、人を生かすものにもなれる。
どちらに転ぶかは、僕らがどんなエンタメを作るか次第だ。
人間の脳をハックして報酬を与えるためではなく、
人間の心を震わせて、生きることの意味を思い出させるために。
僕はこれからも、そんな“生きたエンタメ”をつくっていきたい。
KISAIはそのためにある。